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石光真清手記『城下の人』を読んだ感想文

 鶴見中尉のモデルは石光真清である、という説があるらしいのでとりあえず手記を一冊買って読んだ。別に事実如何は作者しか知り得ないことなので、これは鶴見の手記なのだという気持ちで読めば、あらゆる書籍は鶴見の手記なり伝記になり得る。とっても楽しい。
 石光真清は明治元年生まれの軍人で、日清戦争・日露戦争への従軍経験があり、諜報活動の一環としてロシアで写真館を営んでいたりする。細かいことは鶴見のようであったり、全く鶴見とは違っていたりするが、「これは……本当に鶴見のモデルなのかもしれない……」と思いながら読むには十分である。著者はまごうことなき人間だから、鶴見に重ねながら読むことで「鶴見……あまりにも……人間……。」という最近の展開と親和性の高い泣き方ができる。
 
 第一巻『城下の城』は幼少期から日清戦争までの話だ。幼少期の鶴見(鶴見ではない)はとってもかわいい。両親にもきょうだいにも女中にも塾の先生にもたいそう愛され可愛がられときに厳しく教育されつつのびのび育つ。ピアノの似合う洋館で家庭教師に鞭をふるわれたり、メイドのロングスカートの中に隠れたり、ピアノ教師で童貞を棄てたりする篤四郎少年をさんざん想像してきたが、『城下の人』の中の鶴見(鶴見ではない)は熊本の武家の生まれだった。よって実家にピアノは無い。何不自由ない幸福とはいかないが、家庭環境も想像よりずっと健康的だった。小さい頃は髷を結って帯刀していた。髷を結ってくれたのは美人で色白で線の細い姉。かわいいが過ぎる。篤四郎少年は授業中寝たり、大人の言いつけを破って友達と西南戦争を見物に行ったり、いつまで経っても漢文が上達しなくて母に特訓されたり、普通に人間の子供をやっており嬉しくなった。鶴見にもこんな幸せな時間があったんだ、と思った。
 やがて篤四郎少年は軍人を志し陸軍幼年学校に入学する。陸幼の制服を着た篤四郎少年を見た姉が、かわいくてならないという様子で「ぼうしをかぶってみて」とか「そこでまわってみて」とか催促するシーンは幸せ以外のなんでもない。鶴見はこのころからお花ときらきらを出せたに違いない。家族構成について追記しておくと鶴見には(鶴見ではない)父母と2人の姉、そして兄と弟と妹が1人ずついる。妹はもっといたかもしれない。忘れた。あと女中のチヨさんとも仲良しだった。
 そんなかわいいかわいい篤四郎少年も陸士に行き軍人になる。配属先は近衛聯隊であった。愛しい。きっと鶴見は近衛聯隊にはいなかっただろうが、そういう想像をすることを公的に赦された。これは赦しである。好き。もちろん日清戦争にも従軍する。出征前の夜に泣いちゃう鶴見。もはや鶴見ではない。最初から鶴見ではないが、愛が溢れる。人間だ。
 しかし、いざ満州へ行かんと出港する船の中で鶴見(鶴見ではない)に満開の桜の枝が添えられた一通の電報が届く。それは兄の急逝の知らせであった。孝行息子で弟にも優しかった兄の突然の死。しばらくは失意に暮れていた鶴見だったけれど、日が経って桜の花がしおれてしまった頃、深夜に寝室を抜け出して、兄の死を知らせた電報を桜の枝に結び付け、海に捨ててしまう。海へ捨ててしまう。海へ、捨てる。圧倒的既視感。どっかで見たことしかない場面。
 それから鶴見は戦争に参加する。鶴見は将校だから、世話係の従卒がいた。名を井手口寅吉一等卒といった。月島基でいいのに。月島は(月島ではない)、学はないが腕の立つ男で、出征前に鶴見の実家に来て「何があってもこの私が鶴見少尉殿を無事連れ帰って参りますからご安心ください」的な挨拶をする。鶴見がコレラだのマラリアだのに倒れれば手厚く看病してくれるし、衰弱して馬に乗れない鶴見のために輿を調達してきたりする。鶴見が敵と斬り合いになったときも敵の背後から忍び寄って始末していたし、鶴見の部隊が斥候を命じられたときもひとり危険を顧みず敵の土塁に入っていった。誰よりも優秀な兵士で、信頼できる部下で、そして戦友。
 そんな月島と鶴見は(月島と鶴見ではない)戦闘の後制圧した戦場を呆然と歩きながら、3,4歳の女児を拾う。女児の母親は彼女を抱いたまま絶命していた。女児を拾う月鶴。野営地へ連れ帰り、世話をして膝に乗せたり添い寝したり、みんなで可愛がったり。鶴見は将校だから背負って行軍はできない、よって月島が背負いましたと書いてあり永久に萌えた。鶴見の拾った猫の世話を任される月島は多分いるし、鶴見の捕まえた薩摩隼人の世話を押し付けられる月島は現に存在している。結局女児は信頼できそうな現地のお金持ちに託された。いつまでも背負って戦場を行くわけには行かないので。そのとき鶴見は手持ちのなけなしの現金を添えた。どこかで見た。見た。はあ、本当の本当に鶴見なの?となった。このあたりのシーンはとっても好きなのでまた読み返そうと思う。
 ともかく、戦場に行った鶴見は軍人として然るべき働きをし、人間として悲しみを負い、心情や死生観に戦争の傷を受けながら日清戦争を終えた。

 総括としては読んでよかった。時代の雰囲気を知るという点でも鶴見の生きた明治初期に想いを馳せられてよかったし、登場人物がゴールデンカムイと違って殆ど病んでいないので健康的に読める。健康的に鶴見を推せる。前半部分の西南戦争はショタ鶴見がかわいいし、後半部分の日清戦争はとりあえず月鶴が熱い。強い恋愛関係とはこういうことか、というのが心行くまで堪能できる。
 文章展開としては、凄惨な場面の心情描写の直後に、戦況や状況に対する冷静な分析がなされるのが、いかにも鶴見っぽいというか、軍人の手記という感じで好き。鶴見の書いた手記もいつか出版されてほしい。
 言い回しも現代的に改めてあり、歴史を分かってなくてもさくさく読めて、本誌や映画二〇三高地ほど心を抉られない。面白かった。第二巻も買ったのでそのうち読みたい。

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