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星新一『人民は弱し官吏は強し』を読んだ感想文

 鶴見と言えばモルヒネだよね!と思ってアヘン産業周辺のことを調べていたら度々星一の名が出てくるのでそう言えば以前誰かに勧められたな~と思って読んだ。
 
 時は大正時代。日本で初めてモルヒネの精製に成功し製造販売を行っていた会社「星製薬」が、官僚や憲政会の反感を買い、利権のために不条理に潰されていく様子を描いた実話。星製薬の社長は星新一の父星一である。

 星新一はほとんどショートショートしか読んだことのなかったけど、こんなに父への愛と官吏への怒りに満ちた熱い文章を書くんだなと圧倒された。別に許してはならないとか官僚は悪人だとか一切直接的なことは言わないんだけど、言われなくてもこちらが官吏に怒りたくなるような、星新一の父に肩入れしたくなるような、そんな話。読者を引き込みそう思わせるだけの星新一の手腕。さすが小説家。私情で嘘を混ぜるなんてことはしていないだろうし、事実に違いはないんだろうけど、それでもこれだけのものを書くということは星新一は相当に怒っていたんだなと思った。
 星製薬がモルヒネの製造販売に乗り出すまで、日本はモルヒネを一切輸入に頼っていた。そうなんだ。原材料の輸入もケシの栽培も阿片法によって規制されていたため、民間企業がそうやすやすと原材料を入手できるものではなかった。当然、輸入の許可を申請しても通らない。しかしいつまでも輸入に頼っていては国内産業が育たない。
 そこで星一は台湾に目を付ける。台湾は阿片常習者向けにインドから原料を買いアヘンを作っていた。原料のモルヒネ濃度は6%。しかし、ペルシャ産の原料はもっと高濃度で10%である。値段もそう変わらない。ということは、台湾のみなさんにはペルシャ産のものを買うようにしてもらい、浮いた4%を星製薬に売ってはくれまいか……と。そんなことできるんだ。
 まあとにかく星製薬はそうやって原材料を買い付けモルヒネの精製に成功し事業を軌道に乗せる。原材料の買い付けも精製手法の確立もかなりの苦労あってのことだった。しかし星社長のバックについている後藤新平が権力を失い気味になるとまあ当たりが強くなり行政機関に度重なるいやがらせやいちゃもんのような取り締まりを受け訴訟を起こされ風評被害にさらされ……みたいな。みたいな。ほんとにほんとにひどい話。でも最後まで官吏と戦う主人公の星一はとっても魅力的。

 官吏と財閥のずぶずぶ感とか利権の奪い合いがすんごいな~~~~ってなった。モルヒネとかコカインとかアルカロイド系の医薬品に限った話ではなく産業全般そうだったんだろうけど。

 鶴見の話をするなら、モルヒネの製造販売で外資を得るというのは良い着眼点なんだなと納得した。まあ鶴見は医薬品ではなく阿片を売ろうとしているところもあるのであれだけど医薬品としてのモルヒネもちゃんと需要はあって、国内産業として育てていく価値のあるものですねと。がんばれ鶴見。日本の薬学の未来はあなたの肩にかかっている(そんなことがあってたまるか)
 それから、当時の企業というのはやっぱり中央との結びつきがないと叩き潰されるんだなあと思った。きれいなままでは生きていけないんだね……。

 総括としては、ずっと好きだった淡々とした印象の作家の熱い怒りの部分を見てしまいひえってなった。クソデカ感情を受信して夢中で読んだ。あんまりな話ではあるが、主人公がすっごく魅力的に描かれててめちゃくちゃ面白かった。星製薬は官吏に敗れたけど、読んだ人にこれだけ、官吏最低!星一がんばれ!って思わせる本がベストセラー作家の名前で世に出回っている以上、星製薬の勝ちですね。(勝ちとかないよ)ずっと気になってはいた本だったので読めて良かった。

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